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2012年 05月 26日
日食登山行ってきた。
![]() 行き先は秦野の塔の岳。 ![]() 片道6時間かけてゆっくりゆっくり登った。 ![]() りょう隊長。隊長のぶれない歩の進め方を次回はマスターしたい。 登って降りて、登って降りて... アトラクションもこんな感じにちらほらと。 ![]() あと少し... ![]() 塔の岳、ついに登頂! ![]() フ・ジ・ヤ・マ!!来ターーーーーーーーーーー!!! ![]() そして、飲みながらビストロ山小屋スタート...! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 蕎麦のペペロンチーノ、鶏肉のローズマリー漬け、焼き野菜、バターチキンカレー... 次々にできる山小屋料理をみんなでおしゃべりしながら平らげていく。 サバ缶と白ご飯なんて、家で食べてたら虚しいのに山小屋では絶品の定食だった。 ![]() 宴が終わって外に出ると、染まる西の空。遠くのフジヤマまで見渡せる。 「こ、これは明日いけるよ!ゼッタイ頼むよ、フジヤマさま!」 フジヤマに向かって手を合わせた。(富士山なら叶えてくれそうな気がした) ![]() 明日の天体ショーの成功を願いながら20時に就寝。 2012年 05月 20日
2012年 05月 11日
GW前半、母の還暦祝いに家族で集まりました。
![]() ベンガルや私の自由っぷりに呆れながらも、いつもグッドサポーターな母さん。 ![]() ありがっとねー。 ![]() あまりブログに登場しない弟(左)は、こーゆー時に力を発揮してくれる。 妹(右)は第二子を妊娠中。 ![]() そして、姪っ子は最近米しか食べない。 平和すぎるGW日記。 なんだか、FBでアップするような日記になってしまった。 でも今はダマスカスで起きた同時爆破事件のことが気になって仕方がない。 ![]() ![]() 町中を平和に走っていたタクシーがぺしゃんこになっている。 タクシーが見慣れた黄色じゃなかったら、イラクかと見間違う画像だった。 現時点で死者は50名以上。 今日、私の信頼していたシリア人の先生が、ついに脱ダマスカスを決意したそうだ。今回の爆破事件が影響したのかはわからない。 いつか平和が戻って、そしたら私たちみたいな外国人がまたシリアに戻ってくることを信じて、生徒のほとんどいない学校で粘り強く教鞭を執ってた彼が、ついにシリアを出る。 もう駄目なんだろうか? どこまで堕ちれば神はシリアを許してくれるんだろう... 2012年 04月 20日
帰国しているのですが、ワタワタとしていて更新できていませんでした。
![]() 今回はアブダビに1泊、ヨルダンに8泊してきました。 初めての湾岸諸国上陸でいろいろ考えることもあり、 ヨルダンでは、シリア人、パレスチナ人、イラク人難民を訪問しました。 そして、合間に買い付け...ととにかく動き回ったのですが、 久々の中東、 ![]() これでもかというくらい、アラブ料理を食べまくり、 ![]() 毎晩シーシャ吸いに喫茶へ通い(また進化していたのよ!!!)、 ![]() たくさんの笑顔に会ってきました。 ![]() 落ち着いたら整理しないと。 あと、シリア雑貨 SAFAAの方も、ちまちまと新商品掲載しているので覗いてみて下さい。 2012年 01月 28日
今日のTOLO PAN
![]() (左上から時計回りに)パン・オ・ショコラ、イデー、世田谷バゲット 昨夜の夜勤のこと。 不穏のお婆さんがいるという報告を受けて病室へ向かう。 その人は何やら叫びながら、マットレスをはがし、力ずくでベッドを解体しようとしている。よく見ると右手に何やら拳大のネジ、それで窓ガラスを叩こうとしていた。こりゃ危険!と中に入ってお婆さんの手からもぎ取った。ネジがくるくる円を描きながら床に転がる。 ほっ...これでひとまず安心だ。 と一息ついたと思ったら、目の前にお婆さんの右フックが飛んできた! ひゅっ! 咄嗟に上体を右へ傾け、左手でその人の右手首を掴む。 ふっ! すると今度は左フックも迫ってきたので、素早く右手で受け止めた。 よっしゃーーーー! これで今度こそ安心だと気を緩めた瞬間、お婆さんの叫び声とともに両足に激痛が走った...! 両手を取られたお婆さん、今度は私のスネを連打してきたのだ。 いだい、いだい、いだだぁーーーーーーーい! お婆さんの目の奥には青い炎がゆらゆらしている。 私の目の前には星が飛び散った。思わずくずれそうになったけど、ここで負けてはいけない。 「落ち着いて、落ち着いて、ね?」 スネキックをスキーのターンよろしく左右によけながらなだめてたら、男性スタッフがやって来て後ろからお婆さんを両腕をとってくれた。 助かった.... スネの痛みが薄れて、気付けば爪を立てられた両手は擦り傷で血がにじんでいた。 いでぇ...お婆さんに感染症無いといいけど。 そう思いながらカルテを見てると、年齢がベンガルと2歳しか変わらないことを知って愕然とする。よく見ると若い。お婆さんじゃない、おばさんだ...道理で力が強いはず。 ベッドを和式布団に換え、危険物品を除去した。 興奮が止まないその人は、独語を繰り返しながら部屋中を歩き回り、素手で壁や床を拭いたりシーツをはがして畳むという行動を繰り返していた。 きっと働き者だったんだろうな... 旦那さんと2人暮らしで家でも昼夜逆転しているとのこと。旦那さんの相当な介護負担が想像できた。これから何十年と介護生活が続くんだろう。かと言って、有料(有料老人ホーム)に入所するとしたら、90歳過ぎまでで計算して、 一時入居金(平均800~1000万程度)+(月額25~30万円×12ヶ月)×30年=1億円 並みの人間が払えるかっちゅうねん... 特養(特別擁護老人ホーム)に入所できれば月額10万円代だろうけど、入所申請してから平均5年待ちだと聞く。特養では90歳だと若い方だ。100歳を超えられた明治生まれの方がたくさん入所しているし、収入や介護度等のふるい審査も厳しい。 有料で働いていた時、ある入居者さんの娘さん(70歳代)がこう漏らした。 「おばあちゃんが『あと5年は生きたい』って言うの。長生きはもちろんうれしいけど、そしたら私たちの家を売らなきゃねって主人と話してて...」 そこは一時入居金の要らない施設だった。自分たちの老後をの蓄えも底をつき始めているこういった人たちが、今増えている。ラグジュアリー感たっぷりの億ション高級有料老人ホームがどんどん建設されてるけど、大衆が望んでいるのは低コストの特養のような施設なのは間違いないはずなんだけど...ワタミの社長もそーゆーの作れば票を得れたかもしれないのにね。富裕層狙った有料バシバシ建てて、「私福祉に強いんです!」てえばられてもねー 高級有料は空室が目立っているのに、何故か施設不足という現況打開策として先日、厚労省が介護報酬の改定と『24時間地域巡回型サービス』といいう新しい制度を導入した。簡単に言うと、施設が足りないので在宅看護、介護へ移行するために24時間いつでもナースコールを押せば介護士が家に来てくれてトイレ介助等をしてくれるというサービスを作ったので施設も家も変わらないよーと謳ってるようです。 そんなうまい話があるんやろか... 介護士は常に地域のどっかで待機して、トイレコールが鳴ったら夜中でも明け方でも自転車走らせてお宅訪問するってことよね。...口では簡単に言えるけどけっこうハードな業務ですよ。何軒のお宅の住所も網羅してなくちゃいけないし、各家庭で勝手が違うのでドアの開け方、患者の介助方法、おむつの種類に当て方、それぞれ覚えるの大変なんですよ。もし介護士の待機人数を超えるナースコールが一気に鳴ったらどーするんでしょね?「すみませんが、別の方の介助をしてるので、トイレあと1時間我慢して...」みたいなこともあるでしょうに。介護士さんの労働環境を想像しただけで大変そう。 決して在宅を批判してるわけではないんです。どの人も自分の家で生活できればそれほど幸せなことはないでしょうし、実際私も在宅看護の仕事をしているので、在宅の重要性、必要性は日々感じている。でも、行政の苦肉の策的な感じがひっかかる。 しかも、この新制度にも腹が立った。↓(以下ニュースより抜粋) 『自立支援を進めるため老人保健施設では在宅に戻した率が高いほど報酬を手厚くする。重度化予防でリハビリを積極的に行った訪問介護事業者や施設事業者に対し、加算する。』 こういう制度って、報酬獲得の為に何でもかんでも在宅へ追いやる施設が増えるんじゃないかしら? 2011年 12月 21日
ミレイ先生だけに的を絞った特別展って、滅多に開催されなくて(私のリサーチの甘さもあるんだけど)、今まで一度しか見たことない。
そしたらこの前、平日の休日にどこかへ行こうとググってた時、ワタリウム美術館でミレイ展をやってたのでびっくりして飛び上がりそうになる(大袈裟じゃなく)。 ワタリウムでミレイ展...? 一度行った企画展の場所も思い出せないくらい(トーキョーだった)地味な場所で行われてたというのに。 私の中でワタリウムのイメージは、おされな企画展やってて、富裕層のおされさんが現代アートを見に来る、何となく敷居の高いミュージアムだった。 こんなとこでソロの特別展やって大丈夫なんだろうか。 と、勝手に失礼な心配をしながらワタリウムへ向かった。 ワタリウムは4階建てでワンフロアごとの敷地は小さめで2〜4階が美術館になっている。エレベーターのドアが開くと、まず入口すぐに実寸大の北斗七星の庭が。 作っちゃってるよ...(それだけでミレイファンは大興奮) しかもこんな狭い空間に枯山水が馴染んでる。右手のガラス窓からは青山通りが見えるというのに。 ![]() ![]() 先生のデザインした天袋もいくつか再現。 『月』の取っ手やモダーンな素材の合わせが素敵。欲しー欲しー。 そしてさらに進むと...市松模様の実寸大まで登場。 もしかしてワタリウム、私よりもミレイ好き? しかも、苔もほんものだし。ワタリウムの会員になろうかしら。 ![]() ↓上の階から。 ![]() 私にこの庭下さい。 ![]() ミレイ先生愛用のコートと書された文字、『庭』。 先生、やっぱ貴方が好きです。 そして、最上階は360度パノラマ・ミレイ・ワールド。 ![]() 中央に腰掛けて、ミレイ庭を堪能できる。 先生の貴重なお言葉も随所随所に散らばっていて、丁寧に読させていただいた。 ここの座布団(クッション?)が石をモチーフにしていて、座りやすい上にかわいかった。この石座布団欲しいと思い、帰り際に売ってくれないか交渉したんだけど駄目だった。 そして、私がワタリウムのミレイ展に浸っている頃、 ![]() 偶然にも姪っ子は東福寺にてミレイ庭園デビューを果たしたとの事。 2011年 12月 14日
ガタニイへ行ってきました。
![]() 目的はビール工場見学。飲食店限定でビールを販売しているガージェリーさん企画の待ちに待った社会科見学です。 樽の洗い方から始まり、完成して詰められるまで、ビールを愛する社長さんが丁寧に丁寧にビール作りの行程を教えてくれました。化学反応とか目をつぶってきた私のとんちんかんな質問にも愛情たっぷりで返答してくれました。ガージェリーさんが製造委託しているエチゴビール工場は、チェコで見学した工場ほどの規模はないけれど、地元らしさを生かして小さくゆるーく製造していて、ビールを好きな人が集まってるんだな...って思えて、私には非常に居心地がよかったです。 ![]() おいしい知識を詰め込んだ後は、おいしいルービーを胃袋へ詰め込む試飲会へ(試飲といってもおいしいのは既に知っている)。 ↑左がエステラで右がスタウト ガージェリーのスタウトで私は黒のほんとのおいしさを知った。ガージェリースタウトなら黒から始めて黒で終われる。そして試飲会ではエステラ&スタウトのハーフが飲める。この日のために節酒して体調管理してきてよかった、よかった。 ![]() 工場最寄り駅で二次会スタート。本舗のエチゴビールも頂いて大満足。 そして、せっかくのガタニイ初上陸なので一泊することにした。 し、しかし...ガタニイ出身の方には大変恐縮ですが、新潟駅周辺は何も無いのね... 駅近と言っておきながら歩けど歩けど目的地に辿り着かない所とか、月岡温泉に向かうために下車した駅が冬の東欧の情景とかぶったこととか、日曜の夕暮れ時に立ち寄った新発田駅前にシャッター商店街が広がっていたこととか... ベーコーもベーコーで関西三都物語気取っておきながら、おすすめは?って訊かれたら大概なんも無いんで、地方都市同盟結びたくなった。 でもね、ガタニイの居酒屋の質の良さと言ったら...! 郷土料理がびっしり並んだお品書きには感動した。しかも肴の充実してること...さすが日本酒の街やね。2軒行ったけどハズレ無しや。お刺身もちろん美味しいし、よくわかんない名前の一品物をちょっとドキドキしながら頼んでも、どれも小躍りできる当たりもので、しかも値段もお手頃ときたら、右手の杯も進むわいといった感じ。帰り際に背中にカチンカチンと鳴らしてくれるのも嬉しかった。 ワタミとか駅前にあったけど入る人いるんやろか? ![]() 帰る直前、喉ごしよろしのへぎそばを小嶋屋にてちゅっるっと頂いた。 次回は佐渡に渡りたい。 2011年 12月 09日
再び夜勤明け、外苑リベンジ来たった。
![]() ![]() 黄金の並木道...! と言いたい所やけど、なんかやっぱボリューム足りへんな。 前日の雨で足下の落ち葉は流されちゃったみたい。 ![]() でも、植え込みの上はちょっと絨毯。 ![]() 満足した。 さ、帰って一眠りしよう。 2011年 12月 06日
よそ者だから自由に言わせてもらうけど、
![]() 逗子はほんとにいい所で、 私には探しても、探しても、悪い所が見当たらない。 秋の逗子海岸。凪いだ海に染まる夕日。 右側に浮かぶ富士山は、肉眼ではもうちょっと凛々しい。 逗子駅から海岸まで地図無しで歩けるようになった。 ![]() 『旧coya』の前をてくてく通り過ぎながら、帰りに立ち寄ろうと決めていたBeach Muffinで、カフェオレとマフィンを頂く。お店の雰囲気はそのまま引き継がれているけれど、きこさん(coyaの店主だった方)が逗子を離れることを選んだという事実が寂しい。それが正しいとか間違っているとか、安全の指標はそれぞれだというのはわかってるつもりなんだけど。 陽も落ちて、逗子人が集まるパーティーがスタート。 逗子に住んでる人たちって、みんな自分のペースを持ってて居心地がいい。 ![]() ![]() ・みかんと人参のサラダ ・柿のチヂミ ・長ネギ挟み厚揚げ ・まさとくん作の幸せの塩鍋 ![]() そして、今夜はYoshさんのバースデー。 ![]() ![]() Yoshさん、お誕生日おめでとう。 今歳も素敵な1年になるよ、絶対。 2011年 12月 02日
上映開始直後から泣き通し。
『エンディングノート』 ![]() 私は映画では基本泣かないのに。 家でDVDを見る時にはたまに泣くが、映画館だと特に、泣いた記憶がないくらい。 でもこの映画には、しょっぱなから泣かされ、笑わされ、また泣かされ、嗚咽まで...で、最後に背筋が伸びるという忙しさに、見終わってぐったりした。 この作品の主人公であるお父さまが泣かせてくれるのだ。 お父さまは、まさに私のイメージする団塊のサラリーマンなんだけど、なかなか素敵なおじさまで、ただ段取りのいいステレオタイプの日本人オヤジというわけでもなく、ウィットでお茶目なお方のようで、それが作品の節々に見てとれる。 ストーリーはそんな「仕事命!」と自分で公言までしちゃうお父さまが、退職して第2の人生を謳歌しようとした矢先に末期がんを宣告され、自分が旅立つまでにしなくてはならないことをエンディングノートに書き留め、実行していくという様子を、監督である次女がビデオに撮り貯めたもので構成されている。 正直、撮影者が身内で、家族の最後を追ったりするような作品はけっこうあると思う。そういう作品はどうやって撮っても泣けるんじゃないかと思うんだけど、この作品は何かが違った。悲しみはもちろん存在するんだけど、暗さがなくて希望も溢れていた。それは、癌に侵されてただただ苦しい人生で終わるのではなく、最後まで自分らしくきっちりとエンディングを迎えようとしている主人公と、そこに寄り添う家族の姿勢が丁寧に綴られている。 冷静に撮影する次女の呼吸が、時々ぶれるフレームから伝わってくる。父に注がれる愛情が読み取れる。そして、あまり夫婦としてのスキンシップのなかった妻との間に最期にされるやりとり(言いたいけど、観る人がいれば直に観て欲しいので)は、もうたまんなくて嗚咽がもれた。でも私の横に居たおじさんの方が先に嗚咽をもらしていた。会場全ての人が泣いていた。ここまで観客を泣かせる主人公もいないだろう。 自分もそこに居て、家族と一緒にお父さんを見送っているような錯覚にとらわれる。妻や子供たちがおろおろすると自分も一緒におろおろしそうになったし、孫の誕生は私も喜ばしかった。 こんな暖かい家族があるなんて...と思うけど、日本の家族ってどこもこんなんじゃないかなって。 いざという時にしか溢れ出てこない言葉とか、どこの家族も一緒だな。 照れくさいけど、絆は深い。 映画館のエスカレーターを降りながら、ばあちゃんに電話をした。 ばあちゃんの安定した声を聞いて、軸が戻る。 どこの家族もきっと一緒だ。 < 前のページ次のページ >
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